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第六十二回神宮式年遷宮が着々と進むなか平成21年11月に宇治橋が完成し渡始式が
行なわれ平成24年の遷宮に向けて、さらに20年に一度の大行事に向けて前進しました。

三重県伊勢市神田久志本町
             1474−3

一部の画像は伊勢神宮遷宮広報本部発行「お伊勢さんニュース・宇治橋渡始式記念号」から掲載しました。

駐 車 場

新宇治橋
新しくなった宇治橋

皇大神宮(こうたいじんぐう)(内宮=ないくう)
日本の最高神天照大御神(あまてらすおおみかみ)を祀ってあります

宇治橋を渡る手前左側の二番目の疑宝珠(ぎぼし)(下流側欄干西詰めから二番目)に
守り神のお札「万度麻(まんどあさ)」が納められています。

御鋳物師 蛸路住 常保河内作

御裳濯川 御橋

新しい疑宝珠(ぎぼし)にお札を納める

小春日和の中すすむ渡始式の祭列
(前回 平成元年撮影)
創作和紙人形による「宇治橋渡始式」
(阿部夫美子氏 作)

新しくなった宇治橋
全長101.8m日常の世界と神聖な世界の架け橋です

新旧の「木除杭(きよけくい)
流木などから橋を守るための杭

境 内

初詣の人波

五十鈴川

御手洗場(みたらし)

五十鈴川で清めて参拝

神楽殿

                  夢のお伊勢参りの
 江戸時代の人たちにとって、「お伊勢参り」は夢でした。
 当時は勝手に全国を旅することは許されず、特別の鑑札や旅行手形をもらってはじめて旅に出ることが出来ました。
 しかし、お伊勢まいりだけは別でしたが、しかし庶民にとっては路銀を懐に旅をすることは、とてつもなく危険なことでした。
                        そこで生まれたのが「講」です。
 特にお伊勢参りの講は当時の役人も止めさせる理由も無く、道中の安全も保障されたものでした。
 特に「講」制度が発達すると路銀は小遣い程度用意して出かければ旅館代などは講により支払われ現在のキャッシュカードのような制度が出来ていました。

瀧祭神

余り知られていない神社

内宮参拝

ここから撮影は禁止です

神宮のパンフレットから

偶然人の居ない時、風により中が覗けました

観光バスが着く頃から賑やかになります

帰路

遷宮される新御敷地前を通り参道まで下ります。
(初詣の期間は混雑を避けるため退出路は別につくられています。)

 

新御敷地(しんみしきち)
20年毎に立て替えられるための敷地です

瀧祭神

風日祈宮
(かざひのみのみや)

                   神風の神様
 外宮(豊受大神宮)にお祀りしてある「風宮」と同じく風の神様で級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)がお祀りしてあるそうです。
 鎌倉時代の元寇のおり、神風を吹かせて日本をお守りになった神様ということです。

 

参宮案内書

参宮案内所も新しくなっていました。

次はお土産通りへ 特に「赤福」から

おはらい通り

明治時代の赤福本店

赤福本店
創業宝永四年(1704年=江戸幕府が出来て101年目、世の中が安定しお伊勢参りが盛んになったころ)
餅屋として創業したそうです。

製造年月のごまかしにも観光客の勢いは影響なし

ガラス越しに赤福を握るところを見ることができます

280円で江戸時代の旅人になったような気分で味わえます

おかげ横丁

おかげ横丁とは
伊勢名物「赤福」が創業の地で約300年営業できたことに感謝して
「赤福」五十鈴店前の横丁に誕生させたまちです。

再びおはらい町通りへ戻りました。

魚春
百五銀行
五十鈴川郵便局

 

岩戸屋

おはらい通りの裏には五十鈴川が

お陰通りの裏には静かな清流「いすずがわが」が流れています

内宮参拝の後「猿田彦神社」も参拝しました。

猿田彦神社

                   猿田彦大神
 猿田彦大神は、ものごとの最初に御出現になり万事最も善い方へ"おみちび き"になる大神で、古事記、日本書紀などにも「国初のみぎり天孫をこの国土 に御啓行(みちひらき)になられた」と伝えられています。

  至るところに八角!
 拝殿正面に昔の神殿跡を印し、方角を刻んだ八角の石柱があり方位石(古殿地)と言われています。
 八角は方位を意味し、方位除の御神徳を仰ぐものです。
 本殿の堅魚木(かつおぎ)、欄干をはじめ、佐瑠女神社本殿、大鳥居、手水舎の柱など、すべて八角。
 境内にある八角を探すのも楽しみです。

                 佐瑠女(さるめ)神社
 天照大御神が天岩窟(あめのいわや)にこもられたときに神楽をされ、大御神が再び現れて平和な世を迎えられたと伝えられます。
 天孫降臨の際は猿田彦大神と最初に対面、大神が御啓行(みちひらき)の後は詔によりともに伊勢に来られ、功により"媛女君"の称号を受けられました。

参拝休憩所の本居宣長歌碑の前で記念写真
「神世より 神の御末とつたえ来て 名くはし宇治乃土公わが勢」