ドロミテ山群に囲まれたコルチナダンペットウ・スキーの中継地ベネチュア観光紹介
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No.1 |
ドロミテskiページ概要
1頁 「ヴェネチュア観光1」 (観光のポイント) |
まずはオランダ・アムステルダム・スキポール空港へ
スキポール空港 |
「オランダアムステルダム空港」で乗り継ぎ
自宅からオランダ゙「アムステルダム空港」まで20時間掛かりました。 |
オランダコイン
左が5G(ギルダー=300円) 右が1G(60円) 裏はネーデルランド王国の女王様のレリーフ) |
左が25C(セント=15円)
右が10C(6円) |
また、紙幣にはバーコードが付いていました。あれも記念にしたいと思いました。
お土産は木靴、チューリップのオブジェなど、欲しいものがいっぱいです。
ここからヴェネチュアまでは1時間半のフライトです。
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オランダの空港の雰囲気は田舎っぽくて、もっと長く居たかった気持ちを引きずったままのフライトでした。 |
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心はコルチナへ イタリア 、ヴェニスの北、約170kmにあるドロミテ山群に囲まれた町「コルチナ、ダンペッツオ」が今回の舞台です。 「コルチナ、ダンペッツオ」は昭和31年(1956)に「猪谷千春」が日本人で始めて「冬季リンピック」で入賞し銀メタル取った事で記憶にある町です。 その年は、のちに映画スターにもなった「トニザイラー」がスキー3冠王になった事でも有名です。 また、この地方は登山靴の「ドロミテの靴」で知られています。 日本からはかなり不便なSki場でコルチナへ付くまでに途中で1泊する必要があります。 最初に泊まる地が運河で有名な「ヴェニス」(Venezia)です。 |
マルコ・ポーロ国際空港(Aeroporto MarcoPolo)到着
イタリアではじめての彼女は不機嫌 夜中0時頃に、ITALY・VENEZIA・Aeroporto,MarcoPolo ホテルは空港とヴェニスとほぼ中間の場所でした。 |
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画像は帰路の画像です |
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「HOTELキャピトル・プラザ」到着 |
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空港から約10分でホテルへ到着しました。 ホテルのフロントマンも到着が遅れ、不機嫌な調子で英語で説明。 部屋割りのあと、夜中でもシャワーを使ってもいいとのことでしたので簡単に体を洗い1時頃に眠りにつきました。 5時間くらい眠り、6時半に起床です。 朝食後、現地ガイドの「ミス倉島kazumi」さんが現れ、陽気な説明で一同ほっとしました。 簡単なミーテングの時に、初めてツアー全員と顔を合わせました。 (全員で8人でした。年齢はほとんどが60歳以上で若い人は居ません。) ホテルの屋上の看板は4つ星が並んでます。しかしパンフレットは3ツ星です ホテルは「マルコポーロ空港」とヴェネチュア本島の丁度中間にあり、ヴェネチュア観光には便利な場所です。 このホテルから、日本へE-mailの第1信を送りました。 電話回線は部屋から”9”発信でした。 また、「キャピタルhotelのHP」はhttp://www.elmoro.com/Capitol.htm です。 最初の画面で、イタリア語、ドイツ語、英語,フランス語の選択が出来ます。 (何故かHPのhotelの時計は1ケ月ずれています。1999.11記) |
ヴェニスの町へ
車はローマ広場(Piazza
Roma)まで 車はヴェネチュア本当の入口のローマ広場までです。ヴェネチュア野中には1台の車も走っていません。 タクシーはありますが水上タクシー(ボート)です。 |
イタリア本当と結ぶ橋には道路と鉄道(グランディ・スタツィオ鉄道)が並走しています |
ヴェネチュアの駅はヴェネツィア・サンタ・ルチーア駅です |
ドロミテ山群の町コルチナへ行く前にヴェニス観光
ヴェネツィアの人口は6万人 |
ヴェニス観光 |
「ヴェネチュア観光」に出発(Venezia) 荷物をそのまま置き、「ミス倉島」の案内で運河見物にヴェネチュアへ繰り出しました。 |
サンマルコ広場 |
観光客が最初に訪れるのがサンマルコ広場 |
サンマルコ広場(Piazza
San Marco) サンマルコ広場は海辺に向かって建つ、聖マルコと聖テオドーロを載せた円柱と金色に輝くサンマルコ寺院、そして三方を囲む列柱のアーケードの旧市庁舎など、写真で見たとおり「ヴェネチュア」に来たと思わせる広場です。 |
1000年かけて創り上げられた広場 |
サンマルコ寺院 |
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内部は金箔やモザイクで飾られてスゴイ! 9世紀にベニスの商人がアレキサンドリアから持ち去った聖マルコの聖遺体を納めるために建立された寺院です。 柱は世界中から集めた大理石で出来ています。でも中の床は不等沈下して傾いています。 |
ゴンドラからみる広場の入口は、 かっての栄光を忍ばせます |
サンマルコの旗 ライオンに羽のある旗がなびいています |
大鐘楼(Campanle) |
大鐘楼倒壊
サンマルコ広場にある大鐘楼は1907年の朝突然倒壊したそうです。
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大鐘楼への入場料 今の大鐘楼はコンクリートパイル(杭)の上にしっかりと立てられ中にはエレベータまで有ります。 今ヴェニス中の他の古い建物も倒壊の危機に直面しているといえそうです。 |
屋上からの写真を撮るのを忘れて96mの眺望を堪能しました |
ドゥカーレ宮殿(Palazzo Ducle) |
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ヴェネチュアの興り ヴェネチュアの町の興りは、その昔、ほかの民族に追われこの沼地に逃げ延び、沼の泥を盛り上げ住むところを作り、掘り出した後を運河として利用しましたのが始まりと言われてます。 ここを見物するには、”ヘッドホンガイド”(7,000リラ=500円日本語あり)を借りた方が有効です。 |
共和国なのに宮殿? ヴェネチュア共和国の最高権力者であった総督が住み、立法・行政・司法の中心だった建物です。 |
牢獄 |
カフェ・フローリアン(Caffe Florian) 実在の人物「カサノバ」が脱獄不可能の「牢獄」からまんまと、脱獄し、ここで悠々とコーヒーを飲んで逃げた事で有名な喫茶店です。(アランドロンにより映画化されたそうです) 1720年の歴史も味わってきました。 (牢獄は撮影禁止でした) |
最近の新聞より
サンマルコ広場の冠水 |
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サンマルコ広場でボード |
以前のサンマルコ広場の冠水
アクア・アルタ(高潮)
冠水の夜のサンマルコ広場 明かりは海水に反射し広場がより美しく見えると観光客には人気ですが、地元は大変なようです。 |
原因は地球温暖化か? |
モーゼ計画 |
ラグーナ(潟)と呼ばれる浅瀬に海洋都市を建設したベニス |
ベニスの建物は全て泥にくいを打って建てられている |
アクア・アルタ(高潮)の原因 |
モーゼ計画 |
ベニスとアドリア海の開いている所に開閉式防水壁を作る |
高潮の恐れのある時は空気で防水壁を浮上させる |
2014年完成を目指し現在工事中 |
地球温暖化とは無関係? |
ベニスにある絵画の中に1788年に起きた、ラグーナが凍結した様子が描かれている。 |
ゴンドラ |
(乗り物の種類) ◎「水上タクシー」(TaxiMotoscafi)は運転手付きのモーター ボートのことです。 |
(写真は水上タクシーとサンマルコ広場から見た対岸のサンタマリア・デラ・サルーテ教会(Santa Marla della Salute)と海の税関(Punta della Dogana) 乗り場”1番”の水上バスは”各駅停船”で「リド島」行きです。 |
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(観光のポイント)
コーヒーブレークには美味しいスイーツを |
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コルチナへ行く前にヴェネチァ観光をするとコルチナも同じような観光地と錯覚します。
コルチナにはお土産らしい品物は殆どありません。
ヴェネチャで観光もいいですがコルチナへ行く前に、後悔しないよう絶対にベネチャで買い物を済ませてください。
我々は帰りにベネチュア買い物日程を入れました。
ベネチュア観光駈けある記その2
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No.2 |
ヴェニスの橋 ヴェニスには150の運河と400の橋がある |
なげき橋 サンマルコ広場に面しているドゥカール宮殿と裏にある牢獄をつなぐ橋 |
アカデミア橋 運河に架かる橋の中で木製の橋で大きいほうです |
手すりが補修中の名もない橋 |
運河の延長は4km 大小150もの運河に架かる橋は400とも言われています。しかし大きなS字形の運河を中心に地図を見ればOK! |
リアルト橋 |
1591年 1万2千本の木の杭で支えられ 大運河には橋が3つあり、その中で有名なのが「リアルト橋」です。 16世紀に木製から石造りに架け替えられ、その橋の上には家が建ち、店が有ります。 貴金属店や金細工、革製品、お土産店が並び賑わっています。 下は大きなガレー船でも通行できます。 |
サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会 1630年に猛威をふるったペストの終焉に感謝して、聖母マリアに捧げるために1631年から50年掛けて 建てられた大理石作りの荘厳な教会です。必見です。 |
ゴンドラ 時間とお金に余裕があるなら是非お勧めします。料金は直接交渉です。 |
運河沿いの家は出入口が運河に向かって作られています |
ゴンドラの色 現在ゴンドラは数百隻あるそうですが、最盛期の17世紀には1万隻が運行していたそうです。 その頃のゴンドラは華美なバロック風の装飾で色も華やかな色とりどりでしたが、当時の総督が現在の黒に 統一したそうです。それ以来から現在のような黒となったようです。 |
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シェスタに注意 |
ヴェニス市民の生活
ヴェニスには150の運河と |
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運河には交通信号や交通標識もあります |
小さな橋は階段式になっており、 |
引越しや大きな家具・家電を買った時は窓から搬入 |
カルネヴァーレ(Carnevale) (ヴェネツィアのカーニバル) |
街中に変な集団 買い物のため街中を歩いていると、突然 変な集団に出くわしました。なんとなくカメラを向けましたが、帰国してから調べてみたら、それがベニスの仮面カーニバルでした。 |
カーニバルは2月14日〜24日 |
参加するには? |
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(買い物のポイント) シェスタと言われる長い昼休みを警戒して、ウインドショッピングを 時間をうまく組み合わせ是非、お薦めするのが、 |
また、「ドゥカーレ美術館」の中で「日本語版ヴェネチュア」(12,000リラ= 840円)を買い求めました。
撮った写真をアルバムに整理するとき随分助かりました。 また、今も時々眺めていますが、2度旅行したような気分になります。 是非、お買い求めになる事をお奨めします。 また買いそびれたときは、下記アドレスで注文できるはずです。 お試し下さい。 発行している「ボネキ出版社」のHPは http://www.bonechi.com です。 (写真は海から見た大鐘楼とドカール宮殿です) |
(通貨) 単位はリラ(L)、レートは大体L100=7円です。 紙幣は7種類(1,000、2,000、5,000、1万、5万、10万、50万=35,000円) 硬貨は8種類(5、10、20、50、100、200、500、1,000=70円) 紙幣には有名人が描かれ鮮やかな色彩です。 10,000LIREは電池の発明者「ボルタ」とコモ湖にある「ボルタ記念館」 1,000LIREは「モンテッソリ」と言う独自の教育方を提唱した女性だそうです (この項はミラノ在住の日本人NEVEさんにご協力を頂きました。NEVEさんはヨーロッパのスキー場には詳しく、知識も豊富です。何かお尋ねになりたいことがありましたら、本HPの談話室に書き込んで置いて下さい。時々覗いて下さいますので、きっと返事が出来ると思います。) |
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10,000LIRE |
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裏はどの硬貨も同じ女性の横顔です。 |
裏は女性は歴史上の人物かと思いますが、詳しくは分かりません |
いよいよ、「コルチナ」へ向かいます。
コルチナへは約160km、バスで3時間程度掛かります。
「ドロミテ・スーパースキー」の始まりです。
ドロミテ・スーパースキーの基地コルチナ・ダンペットウ紹介
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コルチナ・ダンペツトゥ
(コルチナ、ダンペツトゥの町) |
(ホテル・トリエステ) 我々が宿泊したhotelは三つ星「トリエルテ」(Trieste)でメイン通りから少し外れた所ににあります。 (スキーパス) |
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スーパードロミテスキー |
レンタルスキーは最悪 ドロミテ(Dolomiti)観光協会のHPは http://www.sunrise.it/dolomiti です。クリックして下さい接続できます。 |
第1日目は足慣らしのため、近くて景色の良いところ。「フローリア・クリスタッロ」エリアーへ。 かってのオリンピック記念施設がホテルの前道を降りたところにあります。 その施設の横にコゴンドラ乗り場があります。 ここからゴンドラ2本乗り継いで一気にゲレンデまで上がります。 |
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[FALORIA CRISTLLO」ski場
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(第1次世界大戦激戦地) 兎に角、どでかいSkiエリアーです。 |
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クリスタッロ |
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ゲレンデレストラン |
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これがドロミテ山群
奇妙な山々!!圧倒されます。 ゲレンデはこれらの山々の谷の部分に有ります。 あとは、すべて「ドロミテ山群」です。 赤みを帯びた奇岩奇石の塊が山を成しているのです 全く見飽きません。 |
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ゲレンデから見たコルチナの町 ゲレンデから見たコルチナの町です。(岐阜県では小坂町くらいの町です) 町の向こうの山は絵葉書等で有名な「ソラピス」の山々です。 私が「ホームセンター」で買ったアルバムの表紙が偶然「ソラピス」でした。 その左あたりが明日滑る予定の「クリスッタロ」Ski場です。 |
ドロミテ最高峰のマルモラーダ(3342m) |
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マルモラーダ氷河 |
トファーナ・ディ・ロゼス(3225m) |
ペルモ(3168m) |
マルモラーダとアベラウ 左の氷河の山がマルモラーダ。右の突き出た山がアベラウ、その右下に「5つの柱」を意味するチンクエトーリ。 |
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ファローリアから見たクリスタッロ( 3221m) |
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フローリア・クリスッタロski場 |
第1日目を終わって、まず町の見物に出かけました。
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(メインストリート) |
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教会 |
イタリア通りから見た教会の塔。 |
夕方はまだ町の店はクローズ。我々日本人スキーヤーは電灯のついたウインドウを見て歩くだけでした。
このHPはmoriy@シルバーが旅行した当時の記録です。
その後、現地の状況などが変わっています。
旅行の参考にしてくださる時は他の方法で確認して、お出かけ下さい。
このページの資料は「99るるぶイタリア」(JTB)と「完全版ヴェネツィア」(ボネキ出版社フィレンツェ)を参考にしました。
有り難う御座いました。