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2006年2月オーストリア・インスブルック スキー8日間の記録です

No.1

          

クロサワ・トラベル主催のインスブルック・スティ8日間(155,000円)

名古屋国際空港から成田国際空港を経由して、オーストリア・ウイーン国際空港までと、
ウイーン空港からプロペラ機で飛ぶローカル空路の搭乗して55分のインスブルック空港までと
チロル州、インスブルックの位置、オーストリアの通貨シリング、グロッシェン、公衆電話、
エリザベス女王や各国の元首や王侯貴族も宿泊された「オテル・オィローパ・ティロル」
(日本流ではホテル・ヨーロッパ・チロル)の紹介などです。

夜明けの名古屋空港
早朝家を出て名古屋空港へ6:30頃に到着
出国手続きをして搭乗ゲートへ

インスブルック・スティ8日間

クロサワ・トラベル企画の「朝食つき8日間14万8千円
機体はオーストリア航空(OS555便)2001年2月17日(土)出発〜23日(土)帰国

名古屋空港から成田空港経由でオーストリア航空によりウイン空港へ、
ウイン空港で乗り継ぎインスブルック空港まで約20時間の旅の始まりです。

出発 2001年2月17日(土)
Eげーとから 全日空338便7:25 名古屋発で、まず成田国際空港まで

搭乗機が移動を始めた頃
朝日が少し

名古屋城、名古屋駅などを上空から

小牧城や名古屋駅などを撮りましたがどれがどれやら?

時々名古屋空港から離陸して航空路に乗るまで旋回の方向がいいと岐阜市内や名古屋中心地の上を飛んでくれます

岐阜方面を取りましたが霞んでいます。

 離陸する飛行機の滑走距離と離陸後の上昇角度が、機体の大・中・小で違ってくるのはなぜでしょう?。
 2180mの平行滑走路を使用できるのは中型機以下とされ、
大型機が離陸するには滑走距離が足りずに使用する事ができません。
 しかし機体の大・中・小にかかわらず、同じ機体でも滑走距離が短く、
離陸した後も急角度で上昇していく機体と、逆に滑走距離が長く、
上昇角度の浅い機体がある事に気づいた方はいますか?
 

 今回のテーマは、同じ機種の航空機が離陸するときの「滑走距離と上昇角度が違う理由」について紹介します。

 もちろん機材ごとに、上昇の特徴に違いはあります。
たとえば、エアバスA340や旧ソ連製の機材などは滑走路を長く使ってゆっくりと上昇します。
では、同じ機材なのに、滑走距離や上昇角度が違ってくるのは何故でしょうか?
パイロットの操縦技術や性格の違いでしょうか?
いえいえ、パイロットの性格次第で上昇角度が変わるほど航空機の操縦は単純なものではありません。
 もし、同じ機材、同じ天候にもかかわらず滑走距離や上昇角度が異なっているとすれば、
それは機体の重量差に理由があると考えて良いでしょう。
具体的には旅客機なら主に燃料の搭載量が決め手となります。
長距離を飛ぶ為に必要な量の燃料を積んだ機体と、近距離を飛ぶ為に必要な量の燃料を積んだ機体では、
重量に差がありますから燃料を大量に積んだ機体ほど、滑走距離が長く上昇角度が浅くなるというわけです。
 「機体の総重量の中で燃料の占める割合は、微々たるものなんじゃないの?」と
思われる方もいるかも知れませんので、ちょっとだけ説明させてください。

 例えば、国際線で使用するB747−400型機の燃料タンクを満タンにすると、
なんと23万リットル!!ドラム缶で約1000本分の量になり、
これは飛行機そのものとほぼ同じ重量にあたります。
 つまり、飛行機は自分の重量と同じだけの燃料を搭載することができるわけですが、
そんなに燃料を必要とするのかと疑問になっている方もいるはずです。
なんと飛行機が1リットルの燃料で飛べるのは、およそ50〜60mだそうです。

 目的地までの予測消費量、目的地に降りられない場合の上空待機用や代替空港へ行くための燃料など、
常に必要な量だけの燃料を搭載して飛んでいくわけですが、それでもかなりの量を搭載します。
 そのうえ、お客さんや貨物の重さがあるのですから、ものすごい重量になるのがお分かりいただけるかと思います。
「多い分には安心だから」といって、必要以上の燃料を搭載したとしても、逆に燃費効率が悪くなってしまいます。
自動車のF1レースなどでも、レース中の給油は常に必要最小限の燃料だけを搭載してレースに戻ります。
必要以上に燃料を搭載すれば、重量が重くなってかえってスピードも出ませんし、給油の時間も長くなりますからね。
 ですから燃料の重さが最も影響する旅客便には「滑走距離が長く、
上昇角度が浅い=重い機体=燃料を多く搭載し、遠くまで飛ぶ便」という法則が成り立ちます。
しかし、貨物便などは、重い貨物をたくさん積んでいれば燃料が少なくても相対的に
機体は重くなり、たとえ近距離便であっても欧米行きの旅客便と同じような角度で上昇していくでしょう。


 もし機会があったら、成田と羽田で離陸するジャンボ機の滑走距離や上昇角度を見比べてみてください。
羽田のB747は、いとも簡単に離陸してしまう機体ばかりなのに気づくはずです。
逆に成田では「これぞ国際線!!」という、飛びっぷりがご覧になれるわけです。

オーストリア航空(OS)556便

成田11時30分発

成田空港

名古屋国際空港に比べると成田国際空港は広くて人も多くてすごい

発着便も多くて見るのも大変

NYテロ事件と手荷物重量

重量制限は20kgまで。ただしski用具(スキー板、ストック、ブーツの3点)は特例として3kgとして計算されるので、
スーツケースは17kgまでに押さえる必要があります。
テロ事件以来、特に厳しくなったそうです

これを越えた場合は7,000円/kg(行き先により多少差違があります)を請求される場合があります。
しかし、私の場合ブーツをスーツケースに入れるのでスーツケースが20kg、
スキー板とストックで6kg、合計26kgと6kgオーバー!

6kgオ−バーで無事機乗出来ましたが、帰国時の方が心配です。

搭乗口へ急ぎます。

荷物タグ(下から)
名古屋国際空港から成田(NRT)へ
成田からウイン(VIE)へ
そしてインスブルック(INN)へ到着

出国審査
朝は大混雑、特にテロ対策が厳しくなって搭乗まで1時間以上
掛かります。審査ゲートを通った後バックからパチリと

「ウイーン」へ、ノンストップ便

日本から一番便利なフライトは、オーストリア航空と全日空が共同運行するノンストップ便です。
現在成田発が週3便(うち1便が全日空のジャンボ機、他はオーストリア航空のエアバス)
関空発が週5便(全便オーストリア航空によるエアバス) 

左から名古屋→成田  成田→VIENNA(ウイーン=WIEN) VIENNA→INNSBRUCK

機内TV画面(上から)
出発してからの時間、到着地までの距離、到着地までの時間
到着地の現在の時刻、最後の時間は何でしょう?

機内食は日本食に近いものも用意されています。

もうすぐヨーロッパ
搭乗して10時間くらい過ぎると、シベリア大地もツンドラ地帯から
家や道路がのある地上絵に変わってきます。

全席にTV付き

12時間の苦行の始まり

ウイーン空港到着
機内食2回と軽食1回映画が2回と睡眠時間が数時間と12時間を退屈させないよう
狭い椅子に座ってヨーロッパの空へ、そしてオーストリア・ウイン空港へ到着

到着ゲートは出迎えの人がいっぱい

Austriaオーストリア

正式にはオーストリア共和国、首都のウイーンと9つの州で構成される国です。
北にはドナゥ川が流れ
チェコ、ドイツ、スイス、イタリア、スロヴェニア、ハンガリー、スロヴァキアの7つの国にかこまれた
面積約83,854k平方m(北海道とほぼ同じ)、人口800万人の小さな国です。

オーストリアとスイス国境の三角形は小さな独立国リヒテンシュタインです

ウィーン〜インスブルック間は約400km、チロル航空で55分の旅

オーストリアはヨーロッパの十字路と言われる国です

ヨーロッパ主要都市間の距離

ウイーン国際空港はハブ空港です
各国からウイーンを結ぶ航空路

ウイーン国際空港とウイーン市内の位置

ウイン空港寸描

オーストリアは国土面積83,858平方kmの小さな国です。
首都は皇帝の都と言われるウイーンです。

ウイーンの語源
(紀元前50年頃、ローマ帝国の北境の地としてウインドボナ「ローマ軍駐屯地」が建設され、
それがウイーンの地名の語源だそうです)

公衆電話
hotelでかけるより、かなり割安
写真はコイン専用でS1(1シリング)、S5、S10のコインを入れる口があります。

このほかにカード専用公衆電話もありテレホンカードはキオスク、タバック(タバコ屋)、郵便局で「テレフォン・ヴェールトカルテ」(TelefonWertkarte)またはテレフォン・カルテでも通じます。

機内での睡眠時間

何度乗ってもシベリア上空12時間の間に約2時間程度しか眠れません。
今は当たり前になって、気にしないことにしています。

インスブルックへの乗り継ぎの2時間
まずはビールで軽くイッパイ

目盛(詳細は右)

オーストリアへ着いて始めて口にしたのがビールでした。

ドイツ語圏の特質か
ドイツ語圏と分かるのは飲み物のグラスに必ず目盛があり、
きっちりそこまで中身を入れてくれます。
日本の飲み屋さんのような、まちまちの量ではありません
オーストリア航空の機内のプラスチック容器にも目盛はありました。

アルペンスキー発祥の地 オーストリア

現在のオーストリアは10世紀にカール大帝がこの地をキリスト文明の東の辺境地に認定。
東の国という意味の”エステライヒOsterreich”に由来しているそうです。

オーストリア政府観光局
http://austria-tourism.at

チロル地方の地図

反省

近頃は横着になって滞在国の勉強もせずに出発するようになりました。

 

 

通貨

オーストリアの通貨単位はシリング(SまたはAS)とグロッシェン(Gr)と表します。
1シリングは100グロッシェンです。

為替レートは1ASが9円でした。

上は10グロッシェン
他に5,50グロッシェン
があります
    1シリング(=10円)          5シリング(50円)           10シリング(100円)

       他に20シリング硬貨があり、全部で7種類の硬貨があります

紙幣は5,000,1,000、500、100、50,20(シリング)があります。

20シリング紙幣
(200円札)

人物と建物は調査中

50シリング紙幣
(500円札)

人物と建物は調査中

 

 

いざ、インスブッルク

インスブルックはチロル州の州都です。
人口は127,000人です。
チロル州観光局のHPは
http://www.tiscover.at/tirol

この小さな飛行機でインスブルックまで

機体には「tyroiean」(チロリアン)の文字が
チロル航空(VO)はオーストリア航空(OS)の系列航空会社

ウイーン発17:45 インスブルック着18:40(飛行時間55分)

 

フランス車プジョー(Peugeot)の展示コーナー

我々の便が最後で空港は
ガランとしてました

連絡バス

機内食

ビックリしました55分のフライトでも食事が出るのです。
その上飲み物も「ビールかワインかジュースか」聞いて回ります。

チロル航空(Tyrolean)へ搭乗開始

55分のフライト

インスブルック空港へ到着

 

チロル地方の地図

インスブルック市街地と空港の位置地図

滞在ホテル HOTEL EUROPA TYROL

インスブルックのホテルは「HOTEL EUROPA TYROL」ホテル オイローパ ティロル(日本流ヨーロッパチロル)
住所:Subtiroler Platz 2,6020 Innsbruck AUSTRIA

インスブルック中央駅前にある一応由緒あるホテルで、エリザベス女王を始め各国の元首や王侯貴族が泊まられた伝統的ホテル 
中央駅の目の前、駅から1分

創業1883年当時の写真

hotelのマーク(5つ星)

中央駅の目の前

現在のHOTEL EUROPA TYROL

http://www.tiscover.at/hotel.europa.tyrol

写真の右の小さなホテルです。

朝食

始めての土地の始めてのホテルでのデナー、コンチネンタル式でした。

 

 

 

 

 

 

2月18日(日)から22日(木)まで5日間のskiタイム

アクサマ・リツーム(AxamarLizum)スキー場とスキーパスなどの紹介

No.2

オリンピックのスキー会場にもなったインスブルックのスキエリア 7箇所の紹介と、
スキーパスの購入に有利なインスブルック・クラブ」に入会できる観光案内所や第1日目の
スキー「アクサマ・リーツム」の紹介です。

インスブルックのskiエリア紹介

インスブルック近郊のスキー場は7ヶ所あります。
SEBGRUBE-NORDKETTE、2 Patschrkofel、3 AxamaerLizum、 Mutterer alm、 Glungezer、6Schlick2000、7StubaierGletscherです。

滞在中の宝 ガイド冊子

スキーパスの値段、スキー場までのバスの時間、料金など全てが載っています。
主体は
ドイツ語ですが時間表、料金表は英語と2段書きですので何とか読むことが出来ます。

表紙

SKIPASSE

SKIBUS時刻表

滞在証明カード「インスブルッククラブ」とリフト券

割引 65歳以上とティンエィジャは大人(アダルト)より20%引き
子供(キンダー=12歳以下)  〃  
40%引き    

3泊以上の宿泊客に発行される
クラブ・インスブック・カード
(各種割引が受けられる)

1日券(1Tag=1Day)
ATS395=3,500円

5日券(5Tage=5Days)
ATS1,320=12,000円

スキーパス購入

第1日はまず市内の観光案内所(TOURIST-INFOMATION)へ行きスキーリフト券を購入することです。
このスキーパスを買うとスキー場までの乗り物にも乗れます。

それにはHOTEL発行のクラブカードが必要です。
シニヤ割引の場合は年齢証明のためパスポートが必要です。

観光案内所(TOURIST-INFOMATION)
グラーベン通り3番地 GRABENーSTRASSE 3
月曜〜土曜 8:00〜19:00  日曜・祝祭日 9:00〜18:00

マリア・テレジア通りから旧市街へ入る右手2軒目の白い建物が観光案内所です。
中は宮殿のようでした。(トロリーバスの通りはグラーベン通りGRABENーSTRASSE)

朝の静かな街を音もなく走るトロリーバス。
 ラッピング広告が斬新です

観光案内所のサービス内容

各種予約、手配(市内観光ツアー、ガイドツアー、チローラ、アーベント、エクスカーション)
両   替                                                
チケットサービス(各種イベントのチケット手配)                        
インフォメーション                                      

1日目
Axamer Lizum
(アクサマ・リーツム)

インスブルックからシャトルバスで40分ほどのski場で1964年と1976年の2回にオリンピックが開催されています。

Hoadl 2,340mから初級コース(easy)1は標高差755m総延長3200m
一番長いコースは左の11番(標高差1,174m滑降距離8km中級)と8番(標高差1,334m距離8,000m上級)
8番コースは下のAXAMS(アクサマ)の町まで行きますがガイドが必要です。
11番コースはAXAMSの隣町GOTZENまで滑ります。

A:登山電車(Olympiabahn)の他に
B:クワッド(4人乗りリフト)       
C,C,D,E,F:2人乗りリフト     
G,H,I,K:1人乗りリフト        
合計10基、1本       

標高1,580mの駐車場から見る、谷向こうの山々

1,580mから一気にケーブルカーで2,340mまで(標高差760m)
8分

ケーブルカーの名前はOlympiabahn

頂上間近の赤い登山電車 長さは2105m
終点の左が女子滑降コース、
右が男女の大回転コースになります

ケーブルカーはオリンピック開催に合わせて運開されました。

観光案内所でスキーパスなど購入して来ましたので
ゲレンデへはお昼頃に着きました。

天気が最高で暖かそうですが気温は低く雪質は良好!

同行の山田さんに撮ってもらいました。

 

 

後ろがヨーロッパアルプス

始めてのゲレンデはコース標識に気を配り時間をかけて滑ります。

日陰は急に気温が低くなります

日陰のゲレンデはほとんどスキーヤーは居ません

スタンドバーは満員です。

何故かボリュームイッパイにあげて、音楽を流しお互いの声が聞き取れないくらいにガンガンします。

スタンドバーでは地元の若者が賑やかに話していました。

お土産用のバッジを数個買いました

何本もバス停からバスが出るので、間違いの無いように何度も行き先を確かめて乗りました。

 

夕方早めのバスで帰路に就きました

インスブルックへは15km(30分)程度の距離です。

第1日目は時差ボケと睡眠不足で疲れましたが、シャワーを浴びて夕食までインスブルック見物に出かけました。

1Seegrube Nordketteスキーエリアから見た
インスブルック市と7StubaierGletscherスキーアリア

街の通りにも名を残すマリアテレジアとオーストリア・チロル州インスブルック(INNSBRUCK)市内の紹介

No.3

チロルの帝都 インスブルックは白い雪を被ったアルプスの峰々が背後に控える谷間の街です。
街の名物はハクスブルグ家のロイヤルボックス「黄金の小屋根」や1765年にマリア・テレジアが
息子の皇帝レオポルト2世とスペイン王女との結婚を祝って造らせた凱旋門などです。

インスブルックはチロル州の州都です。
人口は127,000人です。

インスブルックの中心地(四角い枠が旧市街で下に詳細部)

夏のインスブルック(マリア・テレジア通り)
冬は山の中間がゲレンデとなります。

凱旋門からマリアテレジア通りへ行きましょう

レオポルド3世の結婚祝賀の凱旋門

凱旋門の中を電車が通り抜けて行きます。

凱旋門から見物を始めると良いでしょう
凱旋門は中央駅正面を真っ直ぐに延びる大通りを少し行くと道の真ん中に建っています。

凱旋門は1765年にマリア・テレジアが息子の皇帝
レオポルト2世とスペイン王女との結婚を祝って造らせたもの

本来は戦勝記念にする凱旋門を、結婚祝いに造るのは領土拡大を
結婚政策ですすめてきたハクスブルグ家らしい発想と思います

裏は弔意を表すデザイン

凱旋門を建造中にマリア・テレジアの最愛の夫、皇帝フランツ1世がインスブルックの劇場で観劇中に急逝してしまい、
門の裏側は弔意を表すデザインに変更されたそうです。

別の一説
皇帝レオポルド2世とマリア・ルドヴイカの婚礼を記念して建てれられましたが、喜ばしい式典の最中に父である
皇帝フランツ・シュテファン・フォン・ロートリンゲンが急逝。
このため凱旋門の片側には婚礼の場面、もう一方には、皇帝の死を悼む場面が描かれている。

門をくぐり北へ進む通りがマリア・テレジア通りです。

聖アンナの柱

マリア・テレジア通りの真ん中に建つ聖アンナ柱
電車もトロリーバスも脇を避けて通っています
バックがアルプスの山々

スペイン継承戦争の1703年、侵入したバイエルン軍を撃退した記念碑として1704〜06年に建てられました。
聖母マリア、聖アンナ・チロルの聖人などの像が配置されています。
凱旋門とともに、マリア・テレジア通りを飾る重要な名所として広く知られています。

 

聖アンナ柱の先が旧市街入り口です

旧市街への道はマリア・テレジア通りから
ヘルツォークフリードリッヒ通りと名前を変えます。

旧市街に入る手前に先に紹介した「観光案内所」があります

旧市街

名所旧跡が沢山あります(後で説明)

インスブルックとは「イン川にかかる橋」の意味です。

左上が「INN」(イン川)

市の搭と黄金の小屋根

火の見櫓として1450年に建てられました。
以来、市のシンボルとして人々に愛されてきました。
AS30(約300円)で展望台に登ることが出来、市が一望できます
左奥にに黄金の小屋根が見えます。

市の搭
ヘルツォークフリードリッヒ(Herzog-Frierich)通り
開館10:00〜17:00(ハイシーズンは18:00)
オフ・シーズン(11〜2月までは休)

 

黄金の小屋根(GoldenesDachl)

市の搭(Stadtturm)

ハクスブルグ家のロイヤルボックス
マキシミリアン皇帝が、広場で行われる催事を見物するために1494年に造らせた。
ヴェランダの屋根の銅板265枚に黄金が張られています。

陽に輝く「黄金の小屋根」とそびえ立つ「市の搭」
塔の屋根は最初尖っていましたが1560年に銅葺きのドームに改築されました。
時計は1602年に設置され地上33mの所に展望台があります

内部はマキシミリアネム博物館
(Maximilianeum)

開館 10:00〜18:00(10〜4月10:00〜12:00 14:00〜17:00)
休館日10〜4月の月曜日
入場料 as50(400円) 学生 as20(160円)

欄干は砂岩のレリーフ、壁はフレスコ画で飾られています。

黄金の小屋根の奥は?

皇帝マキシミリアン1世の宝物を展示した博物館。
黄金の小屋根の中にはマキシミリアン1世専用のチロル王子の広間があります。
皇帝マクシミリアン1世のコレクション、ポートレート、冶金細工、メダル、金細工、などが展示されています。

   

HELBLINGHAUS(ヘルブリンクハウス)

ロココ調に改築された元貴族の館
1560年に貴族の家として建てられましたが、後にはカトリックの集会所として利用されました。
現在のような花模様の漆喰細工に改築されたのが1730年だそうです。

HELBLINGHAUS

 ヘルブリンクハウスは民家ですが3階と4階の間には聖画があります。
 建物の核心部分は、15世紀に由来するゴシック飾りで彩られています。
 外部は1730年頃ヴェッソブルンナー派の美術工芸家により、後期バロックの豪華な飾り漆喰で飾られました。

 狭い路地などでよく見られるような、日当たりがよくなるように窓が張り出しになっています。
 現在は店舗や住宅になっています。

雪の日の黄金の屋根前の広場
手前の右建物がヘルブリンクハウス
下のアーケードにお土産などの店舗が並んでいます。

アーケードには中世を思わせるお店が並んでいます。

晴れた日の同じ広場

レストランもありました。

ヘルブリンクハウスを西へ過ぎると、もうイン川です。

詩人ゲーテも宿泊したことのある由緒あるHOTELゴルデナー・アドラー

次はスチューバイ・グレッシャー・スキー場の紹介です

No.4

インスブルック周辺で一番奥で標高の高い(1750〜3210m)ski場スチューバイ・グレッシャー(StubaierGletscher)や
マリア・テレジア・イエローで有名なインスブルック王宮、チロルの民族服、チロル帽のなどを紹介します

スチューバイ・グレッシャー(Stubaier Gletscher=氷河

スキーパス(1日券)

19.02.01(2001年2月19日)
1Tag(1日券)  TAS 395(3,500円)

インスブルックから60分

インスブルック周辺で一番奥で標高の高いski場です(1750〜3210m)
ゴンドラ4本、6人乗りチェアリフト1本、4人乗りチェアリフト1本、2人乗りチェアリフト1本、Tバー10本

インスブルックから車で1時間半位の距離です

 

 

 

 

   

 

 

 

 

Stubaier Gletscher(3,333m)

 

 

 

今年のヨーロッパも暖冬気味、雪が少なくて春が早い

 

 

 

インスブルックへ帰る道沿いはもう春の日差しでした。

小さな集落の中心には必ず教会があります

 

 

 

 

インスブルックの由来

イン川に架かる橋(ブルック)

 インスブルックの語源となった橋

 

 

 

 

オットーブルク(OTTOBURUC)

黄金の屋根の前を西へ向かいイン川に出る右手にバロック様式の館が見えます。
オットーブルクと呼ばれるこの建物は元は城砦で、現在はワイン・レストランになっています。

中世の城壁に沿って1494年に建てられた民家で建物の前には1809年チロル開放闘争の記念碑があります。

1809年チロル開放闘争の記念碑。
オートブルクのイン川側にあります

聖ヤコブ寺院

由来
ゴシック教会から1717年から7年かけてバロック教会に改築されたそうです。
天井画と飾り漆喰は有名なアザム兄弟の作。
祭壇にはルーカス・クラナハ作の「救済のマリア」があります。

雪の日、対岸から見た「聖ヤコブ教会」

晴れた日の「聖ヤコブ教会」

町のどこからでもチロルの山並みがきれいに見えます。

夕方には雪が雨に変わりました
路地裏にはお土産屋さんが軒を並べていました。
観光客も雨も気にせずお買い物

 

 

 

可愛いチロル風の子供服が気に入りました。
5千円から1万円くらいでした。

子供チロル服
日本のスーパーなどと比べると少々高い

お土産に数着買いました。
日本円で約9千円 同じく5千8百円 7千8百円
9千円 少々小さすぎたかな

 

 

 

チロル帽。町では男性ばかりでなく、お年よりは夫婦でかぶっています。

私も買ってきました。2,500円くらいから2万円まで
帽子に付ける飾りが凝っています(画像中央下の青色パネルに)
鳥の羽に真鍮製の細工物で高いものは帽子より高価なものがあります

子供用のチロル帽
日本円で約1,600円でした。

チロル帽
飾りの羽はビニールの袋に入れてあります。

LANDESTHEATER   州立劇場
1654年に建てられた宮廷オペラハウスから、1844年に改築され、
1961年に拡張され設備が近代化されました。
演劇・オペラ・オペレッタ・バレエなどが公演されます。
インスブルック王宮前にあります

 

インスブルック王宮
KAISERLICHE HOFBURG

かってのチロル領主の居城
富裕公と呼ばれたジグムント大公と皇帝マクシミリアン1世のもとで1460年以降に後期ゴシックスタイルで建築され、
マリア・テレジア女帝によって1754〜73年に改築され、豪華な大広間、礼拝堂サロンなどが加えられました

左右の緑色の丸屋根が特徴です。
マリア・テレジア・イエローだった頃の王宮

内装は、すばらしい調度品がそろった大広間リーザンザールをはじめ、天井画やタベストリーも目を見張る美しさです。

なぜ?有名なマリア・テレジア・イエローを白色一色に

王宮前はski場へのバスの発着所になっています。
我々もここから出発しました。

 

なぜか近年、有名なマリア・テレジアイエローは
白色に塗り変えられました。
 しかし、パンフレットなどには
昔の黄色のものが多いようです。

1765年には、ここでレオポルド2世とマリア・ルドヴィカの婚礼が行われたそうです。

会館は毎日9:00〜17:00

皇帝の等身大の肖像が目を引きます。

明日はインスブルックから5kmと一番近いski場

PATSCHERKOFEL エリアへ行く予定です。

               

このHPはmoriy@シルバーが旅行した当時の記録です。
その後、現地の状況などが変わっています。
旅行の参考にしてくださる時は他の方法で確認して、お出かけ下さい。